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東海道、自転車の旅

~千葉から京都・三条大橋へ~

   

東海道をゆく

一日目

 東海道の出発点、日本橋から川崎までのわずか17.6kの走行で、この日は打ち止めにした。
 日本橋から品川までは第一京浜国道を進む。 品川では八ッ山橋から旧東海道の街並みの商店街に入る。抜けると再び第一京浜国道(16号)に出て、多摩川に架かる六郷橋を渡ると神奈川県に入り川崎。ここで第一日目を終える。 

日本橋→品川→川崎:17.6km


日本橋

 日本橋は、国内道路の起点です。ここまで走ってきた千葉街道もここから始まります。これから走る東海道もここから。取りあえず儀式としてスタートに当たり写真を撮る。橋柱の銘が最後の将軍・徳川慶喜(15代)さんだ。明治44年の架け替え(20回目)で花崗岩に。デザインは獅子と麒麟、常磐の松、一里塚の榎が配されているそうだ。かつて五街道の里程の元標が置かれ、今も国道路元標があり、里程標(下)に京都まで503kmとある。

 7都市までの距離が記載されている。鹿児島まで1469kmだ

日本橋西詰で撮影

品川まで7.8km

 日本橋から品川までの東海道筋は馴染みのあるところ。かつては勤め先が芝大門にあったので、よく周辺を歩いた。この日は平日、銀座通りを走るのが気恥ずかしいので裏通りをブラブラと新橋へ。通勤駅であった浜松町で遅い昼飯を摂り休憩する。
 第一京浜国道を進み八ツ山橋へ。ここ北品川から旧東海道が始まり商店街がつづく。新八ツ山橋脇に案内板や五十三次名所の紹介もある。少し進むと小さなスペースの品海公園に「日本橋より二里」「川崎へ二里半」の道標(右)があり、しばらく進むと立会川の先に鈴ヶ森刑場跡。

   北品川の旧東海道筋

品海公園の「品川宿」の道標

品川宿の商店街通り

「鈴ヶ森刑場遺跡」の碑と説明板

川崎まで9.8km(品川より)

 多摩川の六郷橋を渡り神奈川県に入る。
 川崎宿「六郷の渡し」説明より…
 多摩川下流は、六郷川と呼ばれ東海道の通行を遮るため、1600年に六郷大橋をかけた。だが元禄元年(1688年)7月の大洪水で橋が流され、以後架橋をやめ、明治まで船渡しが続いた。渡しは当初、江戸の方の住民請け負っていたが、宝永6年(1709年)3月から川崎宿に移り、渡船の収入が宿の財政を支えた、…と記されている。
 ここまでずいぶん時間を費やしてしまい、すでに4時を過ぎ、日も陰ってきた。今日は横浜まで予定していたが、初日の疲れもあり、川崎に泊まることにし宿を探す。京急駅前のビジネスホテルに泊まる。    本日の走行距離約52km。日本橋から18㎞弱。

新六郷橋の西詰欄干に渡し船がデザインされている

川崎側に「六郷の渡し」に付いて説明板